福岡地方裁判所 昭和54年(ワ)458号 判決 1981年4月27日
原告
江上邦一
被告
森山和夫
主文
一 被告は原告に対し、金四〇一万八六八五円及び内金三六四万八六八五円に対する昭和五二年一月一三日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを四分し、その三を原告の、その余を被告の各負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
ただし、被告が金一〇〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告は原告に対し、金一六七七万円及びこれに対する昭和五二年一月一三日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 仮執行免脱宣言
第二主張
一 請求原因
1 事故の発生
昭和五二年一月一二日午後六時二〇分ころ、福岡市南区大楠一丁目三二番一二号先交差点において、被告は、その運転する普通乗用車を、信号待ちのため停車中の原告運転の普通乗用車に追突させ、原告に頸椎捻挫の傷害を負わせた。
2 受傷による症状、治療等
(一) 原告は、右受傷により頭部、頸部及び肩部各痛、両腕及び両手のしびれと痛み、両眼の充血と痛み、耳なりによる聴力障害、身体の部分的けいれん等の症状が現れ、現在も継続している。なお右治療のため次のとおり、安部整形外科に入、通院した。
(1) 昭和五二年一月一四日から同年二月一日までの間(日一九日) 入院
(2) 同年二月一日から同年四月一〇日までの間 通院
(3) 同年四月一一日から同年八月二五日までの間(日数一三七日) 入院
(4) 同年八月二六日から昭和五三年二月二八日までの間 通院
(二) 右症状は後遺症として残存し、その程度は後遺障害等級九級に該当し、その症状固定日は昭和五四年三月一六日で、同障害の継続期間は同日以降一〇年間とみられる。
3 責任原因
被告は、前方不注視という業務上過失によつて前記態様の本件追突事故を起したものであるから、民法七〇九条により賠償責任がある。
4 損害
(一) 治療費 金三〇万円
鍼炙等に要した保険支払以外の費用で、原告が負担すべき金額
(二) 付添費 金三九万円
一日当りの付添費二五〇〇円として、その一五六日(入院日数)分
(三) 交通費等諸雑費 金二〇万円
(四) 将来の治療費 金一八五万円
毎月三万円の治療費を、治療に要する六年間につきそのホフマン係数を乗じて得た値
(五) 休業等による逸失利益 金三一四万円
イ 年齢 事故当時三一歳
ロ 職業 調理師
ハ 収入 賃金センサスによる平均賃金を基準として年間金二二〇万円
ニ 休業等期間 昭和五二年一月一四日から同五四年三月までの間
ホ 計算式(千円単位四捨五入)
欠勤日数 約一〇・五ケ月
二二〇万円×一〇・五÷一二=約一九三万円
早退日数 約六・二ケ月 労働能力低下率 五〇パーセント
二二〇万円×六・二÷一二×〇・五=約五七万円
出勤日数 約一〇ケ月 右同 三五パーセント
二二〇万円×一〇÷一二×〇・三五=約六四万円
(六) 将来の逸失利益 金六一二万円
労働能力喪失率 三五パーセント
同喪失期間 一〇年間
収入 前項と同じく賃金センサスによる。
計算式 (千円単位四捨五入)
二二〇万円×〇・三五×七・九四五=約六一二万円
(七) 入、通院に対する慰藉料 金一五〇万円
(八) 後遺症に対する慰藉料 金四〇〇万円
(九) 弁護士費用 金一六〇万円
以上合計金一九一〇万円
5 損害の填補 金五五万円
よつて、原告は被告らに対し、右損害額残金一八五五万円の内金一六七七万円及びこれに対する本件事故の翌日である昭和五二年一月一三日から支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の(一)の事実のうち、原告が安部整形外科に主張の日数入院した事実は認めるも、その余の事実は知らない。その治療日数は、本件事故の程度、原告の年齢に比して余りにも長期に過ぎる。
同2の(二)の後遺障害の程度は、自賠法施行令二条別表に該当しないか、仮に該当するとしても、同表の一四級一〇号程度に過ぎず、しかも右障害は原告の性格的なものや治療の遷延化等の二次的要素が関与しているもので、そのすべてを被告らに帰責させるのは不相当である。また原告の右後遺症の症状は昭和五三年一月ごろには固定の状態になつたと考える。
3 同3の事実は認める。
4 同4の事実はすべて争う。付添を要する症状でなかつたし、また症状は前記のとおり固定しているから将来の治療費も不要である。
5 同5の事実は認める。
第三証拠関係〔略〕
理由
一 請求原因事実のうち同1(事故の発生に関する事実)、同3(責任原因に関する事実)及び同5(損害の一部填補の事実)については当事者間に争いはない。
二 受傷及び治療経過等
原告が本件受傷により、安部整形外科医院に、昭和五二年一月一四日から一九日間及び同年四月一一日から一三七日間の合計一五六日間入院した事実については当事者間に争いがなく、また成立に争いのない甲第三号証の一ないし四、第四号証の一ないし三、第一四及び第二〇号証、乙第一号証の一ないし六〇、第四及び第五号証(原本の存在ともに争いがない)、弁論の全趣旨によりその成立が認められる甲第七号証の三、証人篠原典夫の証言、鑑定及び原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)によれば、原告は同病院に同年二月一日から同年四月一〇日までの間(実通院日数四三日)、同年八月二六日から同五三年二月二八日までの間(実通院日数一三八日)通院治療を受けたこと、そのかたわら、同病院の医師の指示によつて、武田耳鼻咽喉科医院(同五二年三月三〇日から六月三〇日までの間三五日)で通院治療を受けたり、九州大学医学部付属病院で診療を受けるなどしたほか、自ら方々の医師の診断を受けたり、漢方薬、整骨術、温泉等による各治療を試みるなどしたこと、しかしながら、当初から存在した頭部、頂部、両肩(ことに左側)の痛み、左肩及び左手のしびれ感、捲怠感、目の充血、耳下部の痛み、耳鳴り等主として痛みを中心とした自覚症状や、前斜角筋部等の頂部筋、旁脊部、左肩胛部筋等に各圧痛があり、頸部を他動的に動かした際の痛み、左握力の低下(一八キログラム)等の他覚的症状は、その後若干軽快しているものの、なお残存して後遺症となつたこと、その症状は受傷時から約一年を経過した頃にほぼ固定化したとみられること、尤もこれらの症状は、原告の心気症的、神経症的な性格が基底にあり、これに治療の遷延化等の二次的要因が関与しているものと思われること、原告は受傷して約一年後の昭和五三年一月一六日まで、治療等に専念し休業していたが、その翌日から再度出勤を始めたこと、が認められ、これに反する原告本人の供述部分は措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠は存しない。これらの事実に照らせば、原告の右後遺症の症状は、遅くとも、受傷して約一年後であり原告が再度勤務を開始した日の前日である昭和五三年一月一六日には固定化したものとみられるが、前記のような自覚、他覚症状が執拗に残り、これらは自賠法施行令別表後遺障害等級表の第一二級の一二と第一四級の一〇の各症状の中間程度のそれに該当すると認めるのが相当である。
三 損害
1 治療費関係 金一八万一二〇一円
原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨並びにこれらにより真正に成立したものと認められる甲第九号証、第一一号証の一ないし一三、第一二号証の一ないし三、第一三号証の一ないし三によれば、安部整形外科医院分として金一一万一一四九円、武田耳鼻咽喉科医院分として金三〇〇〇円、九州大学医学部付属病院分として金三八五二円、魚住医院分として金二万九八四〇円、秋本外科病院分として金一万五〇六〇円、福岡整骨センター分として金一〇〇〇円、鍼炙治療(山本貞蔵)分として金六〇〇〇円、温泉療養(元湯旅館)分として金四一〇〇円の以上合計金一七万四〇〇一円並びに自家治療のため購入した漢方薬等の薬用品代金計七二〇〇円(なお、原告は後遺症固定以後も更に他の病院で診断を受けたり、整骨整体等の治療に要した費用、更には向後六年間にわたる将来の治療費をもその損害として併せ主張するが、症状固定後の治療費は、将来の再手術が不可欠であるとか、症状の悪化等を防止するために継続治療の必要があり、かつその有効性も認められるなど特段の事情がないかぎり、事故による受傷と相当な因果関係にあるとは考え難いところ、本件において右特段の事情を認めるに足りる証拠はなく、加えて将来の費用については具体的な主張も立証もなく、将来分も含めて、症状固定後の右費用が、本件事故と相当因果関係があり、それを必要とするものと認めるに足りる証拠は存しない)の、以上総計金一八万一二〇一円の治療費を支出したこと、右は本件事故と相当因果関係があることが認められる。
2 付添費
原告本人尋問の結果によれば、原告の入院中、その妻が原告に付添つた事実(程度は不明)は認められるものの、その付添を必要としたことを証するに足りる証拠は何ら存在せず、却つて、前示の原告の受傷部位、症状等に照らすと、その必要性はなかつたものと考えられ、妻の右付添は夫婦の情愛に基く自発的なそれとみるのが相当であり、これらは慰藉料算定に際し考慮すれば足りる。
3 諸雑費 金九万三六〇〇円
原告が合計一五六日間入院したことは前判示のとおりであるところ、弁論の全趣旨及び経験則によれば、原告は入院中一日当り金六〇〇円の割合による合計金九万三六〇〇円の入院雑費を要したものと推認される。なお原告は、その他交通費等も損害として主張するが、これを肯認しうる証拠はない。尤も、甲第一一号証の一六ないし二一によれば、原告は金一万三九六〇円の交通費を使つていることが認められるが、これは前判示のとおり原告の症状固定後の他病院における受診のための費用であつて、本件事故との相当因果関係を認めるに足りる証拠はない。
4 逸失利益
(一) 休業による損害 金一四七万六〇〇〇円
原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨並びにこれらにより真正に成立したものと認められる甲第六号証の一ないし五、第七号証の一ないし三、原本の存在とともにその成立に争いのない乙第六号証によれば、<原告は、当時満三一歳であり、実父が経営する小売用天ぷら店の従業員として天ぷら揚げ等の仕事に従事し、給料は月八万円であつた(これに反する原告本人の供述は、乙第六号証に照らし措信できない)が、原告夫妻ともに同店で共働きをしているため、実際は夫婦こみで月金一六万円の収入を得ており、実質的には、そのうち多くとも金一二万円相当分が原告の稼動による収入であるとみられ、そのほか年二〇万円の賞与収入があつて年間合計一六四万円の収入であつたこと、原告は、本件事故により受傷してその発症をみた昭和五二年一月一四日から概ね症状の固定したと思われる前判示の同五三年一月一六日までの間の約一年間のうち、同五二年二月及び三月のみは一部出勤したがすべて早退し、その余の期間は全く欠勤していること、同年二月及び三月については、休日を除いた出勤すべき日を分母とし、早退した日の稼動割合を満期日の五割としてその稼動率をみると約六割であつたこと、右欠勤、早退は本件受傷によるものであつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。以上の事実に照らし、原告の受傷時から症状固定時までの一年間の稼動割合をみると、
(二ケ月×〇・六+一〇ケ月)÷一二ケ月=〇・九三三
となり、右一年間の原告の労働能力の低下については、右割合に前認定の原告の症状等をも考慮するとき、約九〇パーセントの低下率を認めるが合理的である。右に確定した事実(なお原告は、本件の休業損害分についても賃金センサスによる平均賃金をその損害額算出の資料とすべきことを主張するが、原告の当時の収入が容易に確定しうることは前認定のとおりであるから、これを収入として右算出の資料とすることにする)によつて、原告の休業損害を算定すると、
一六四万円×一年×〇・九=一四七万六〇〇〇円
となる。
(二) 将来の逸失利益 金四四万七八八四円
前記認定の後遺障害の部位、程度、原告の神経症的気質に弁論の全趣旨を総合すれば、前記後遺障害のためにその労働能力を一〇パーセント喪失し、その後遺障害の継続期間は、原告の右気質や本件審理中なお同障害が残存していたことをも考慮すると約三年間であると認めるのが相当であるところ、原告の将来の逸失利益を新ホフマン方式により算出すると、
一六四万円×〇・一×二・七三一=四四万七八八四円
となる。
5 慰藉料 金二〇〇万円
本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、入院、通院期間や治療の経過、後遺症の内容、程度、被告の本件事故後の原告に対する対応状況、その他諸般の事情を考慮するとき、原告の慰藉料は金二〇〇万円をもつて相当と考える。
6 損害の填補
被告が原告に対し、直接金五五万円の支払をなしたことは当事者間に争いがない。
よつて、原告の本件事故による損害額は前記の合計金四一九万八六八五円となるところ、これから右填補分金五五万円を控除すると原告の残損害額は金三六四万八六八五円となる。
四 弁護士費用 金三七万円
本件事案の内容、審理経過、認容額、損害の填補状況等諸般の事情に照らすと、原告が被告に対して本件事故による損害として賠償を求めうる弁護士費用の額は金三七万円とするのが相当である。
五 結論
以上によれば、被告は原告に対し、金四〇一万八六八五円及びその内の弁護士費用を除く金三六四万八六八五円に対する本件不法行為日の翌日である昭和五二年一月一三日から支払ずみまで、年五分の割合による遅延損害金の支払義務があることになる。
よつて、原告の被告に対する本訴請求は右の限度で理由があるから認容するが、その余の部分は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言及びその免脱につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 川本隆)